カイロの買い物の慣習のひとつは値札がついていないことだ。街角のキオスクでも、ハーン・ハリーリのようなスークでも、値段は店主に聞かない限りわからない。たまに値段が書いてあるけれど、アラビア語表記で読むことができない。言語文化研究所の高田先生の授業は大好きだったけれど、1年受講して結局ほとんど覚えられなかった。
カイロ大の学生たちはツアー参加者のそれぞれに付き添って、ヒジャブのスカーフにはこんな布地がいいよと見繕ってくれ、店主との値段交渉の間に入ってくれた。私の買い物に付き合ってくれたのは、メガネをかけた優しそうな顔立ちの子だ。彼女は交渉しているあいだ、少し困ったような顔をしていた。この商品にこの値段なのかと、内心で観光地の相場に困惑していたのだろうか。私は、白地にバラの模様が織り込まれた、少し光沢のあるスカーフを選んだ。
店の前では、となりの店主同士が立ち話をしている。みなジーパンを履いている。通りには照明ランプや香水瓶がぎっしり並び、どこからともなくスパイスの匂いが漂ってくる。その一角で、タンバリンのような楽器を見つけた。リクというらしい。ディナークルーズで聞いた打楽器は、これだったのだろうか。ジングルが5箇所に1枚ずつついていて、仕上げは少し荒い。音は低め。持ち手には螺鈿細工風のあしらいが施されている。男子学生が店主に聞くと、犬の皮が張ってあるという。本当だろうか。ざらざらして少し厚みがある。手のひらより少し大きいサイズ感で、家の壁にかけてもおもしろいかもしれない、と思った。
しばらく歩いて、ヒエログリフの文字が入ったシルバーの指輪を見つけた。アンク、Key of Lifeという意味で、輪がついた十字のモチーフだ。8ミリ幅の太めのリングの中央にモチーフがのっている。生命の鍵なんて言われると、失くせないな、と思いながら購入した。
スークから戻り、モスクの南西の角に出たところで、買ったばかりのスカーフを巻いてもらうことにした。女子学生は、リュックの中から小さな針を取り出した。持ち手側に銀色の玉がついた、虫ピンのような針だ。「これで留めてるの?」と心の中で叫ぶ。肌に刺さったりしないのだろうか。

彼女たちは布をふわりと広げ、私たちの頭に合わせながら器用に形を整えていく。まるで浴衣の着付けみたいに、平たい布が頭の形にぴたりと沿っていくのが見事だった。あっというまに、私たち9人はヒジャブ姿になった。ローズピンク、金糸のスカーレット、サーモンピンク、シナモンブラウン、ストライプ、ワインレッド、黒地にシルバー。9人それぞれが選んだ色だ。私たちは別れ際にヒジャブ姿で写真を撮った。
ホテルに戻ったあと、私は内心もやもやしていた。アフマドさんの家に遊びに行ってみたい。でも、ひとりで現地の家を訪ねるのはさすがに心細い。誰か一緒に来てくれるだろうか。誘ってみて引かれてしまったらどうしようなどど悶々考えていたのだ。
でももう時間もないし、覚悟を決めて、部屋に戻ったタイミングでアラエさんに率直に一緒に遊びに行かないかと切り出した。私は怖くて彼女の顔を直視できなかった。彼女はどう思ったのかわからないけれど、ひどくあっさり快諾して、「いつにする?」と話を進めてきた。私は安堵して、1階に戻ってアフマドさんと約束をしてきた。
日が落ちてから、私たちは今日もまたメリディアンホテルに立ち寄った。もうすっかり「行きつけ」である。パピルスにヒエログリフで名前を入れたしおりを作ってくれるというので頼むことにした。私たちは差し出されたコピー用紙にローマ字で名前を書いた。明日には出来上がるらしい。