#01 カイロに着いた日

エジプトを中心とする中東の地図。王朝の領域が色鮮やかに重ねられ、土地に刻まれた歴史が浮かび上がる。

2006年9月8日、カイロ国際空港に到着した。関空からエミレーツに乗り継ぎ、さらにドバイ国際空港で早朝に数時間待って、すでに20時間くらい経っていた。タラップを降りると、冷房で冷え切った体にアスファルトから立ち上がる熱風が一気にまとわりついてきた。「これがエジプトの空気か」と強く刻み込まれた。

到着ホールは簡素な建物で、壁には「ようこそ」とアラビア語の装飾があった。その文字を目にしただけで、胸が高鳴った。順路を辿っていくと、「『地球の歩き方』学生ボランティア エジプト 遺跡保護活動 国際交流」と書かれたプレートを持って出迎えに来ている添乗員、ムスタファさんがいた。彼に言われるがままに両替とビザの購入をし、荷物を受け取って出口に向かった。

出口にはタクシーの客引きが待ち構えていて、さっきまで携帯でしゃべっていた彼らが一斉に”Taxi!!, Taxi!!”と声を張り上げる。彼らが持っているのは、2つに折りたたむことも絵文字を打つこともしない、ただ声を遠くに運ぶことに特化した、小さくて黒い、カブトムシのようなNokiaの端末だ。日本で見ることはないが、世界シェアNo.1の携帯電話メーカーだ。

タクシーの客引きの波を通り過ぎると、バスが到着していた。このツアーの添乗員は2人いて、1人が先に迎えに出てきたムスタファさんで、もう1人がバスに乗っていたイスラムさんだ。「ムスタファ」という名前はイスラム圏ではポピュラーで、預言者ムハンマドの別名でもある。でもそんなことよりも、彼のなだらかな波のように結ばれた眉毛に、私たちは会った瞬間から魅了されてしまった。私たちはバスに乗り込んで33km離れた宿に向かった。

カイロは世界でもっとも古い文明を持つ都市のひとつだ。この都市はナイル川の下流に位置している。夏にはナイル川が氾濫し、河口ではその豊かな水と太陽で農作物を育てる。「ナイルの賜物」とヘロドトスが言ったというその場所である。数多くの王朝がこの場所で起こり、都市を築き文化を育み他文化と交流した。このエジプトの歴史について専攻することを、私はなんとなく選んだ。決め手があったようでなかったような気もする。ムバラク政権はこの年に25年目を迎える。

高速道路の両側では、手作業で家を建てる人たちの姿があった。木材や鉄筋を組んで泥やレンガで埋めて壁を作っている。窓は四角で、屋根は平ら。3階建てか4階建てほどの長方形の空間を次々に積み上げている。どういうわけか、屋根から鉄筋が突き出たまま、人が住み始めている。窓からはたくさんの洗濯物が見える。灼熱の太陽の下で作業する彼らを、冷房の効いたバスの窓越しに、それをぼんやり眺めていた。

着いた先はデルタピラミッドホテルという、赤と緑のストライプという独特な外観のホテルだった。ひんやりとした大理石のエントランスで、赤い制服のポーターが2、3人で出迎えてくれた。彼らはニコニコしてとてもフレンドリーだ。外の太陽光が眩しすぎるのか、屋内は薄暗く感じる。ムスタファさんが部屋割りを発表し、私はアラエさんと同じ部屋になった。

部屋に入ると、ベッドの上にタオルで作ったスワンがあった。かわいらしいベッドメイキングだと思ったのも束の間、洗面台のコップにはヒビが入っていて、シャワーのお湯が出ず、水回りに若干の不安がよぎった。どうしてこれが4つ星ホテルなのだろうかと壁にかけられた星の数を見て首を傾げた。夕方、オプションツアーに申し込んだ人たちは、ピラミッドの光と音のショーに出かけて行った。

中東という場所が気になって、直接見てみたかった。9.11が起きたとき、政治経済の先生が中東問題を授業で取り上げ、夏休みにレポートを書いたことを覚えている。センセーショナルな出来事だと大人たちは言っていたけれど、ニュースはあらゆる出来事をセンセーショナルだと伝えていてそれぞれの違いはもはやよくわからなかった。ただ私にとって驚きだったのは、アメリカに歯向かったり、隣国同士で長期間にわたって大々的に対立を続けていることだった。

自分より強い存在に対して当たり障りなくやり過ごしていくのが大人の世界の流儀であり、だから教室では強い意見を察した多数決で意見が決まる。東京の流行を追いかけ、毎日一切身動きの取れない満員電車に詰め込まれて東京に働きに行き、数が多く主流を代表する東京が正義で、自分の地域の文化は存在しない。あるいはとても下位にあって自慢できるものではないことを受け入れるしか選択肢がないと疑うことなくこれまで信じていた。しかしそうではないこともあるのかもしれない、初めて疑問が意識の中に降りてきた瞬間だった。何がどう疑問だとはっきりと言葉にできないけれど、何か疑問に思う価値はあると思った。

窓を閉めても聞こえてくるクラクションと人々の声。信号があるのかないのかよくわからない。すべての車が、自分の存在を証明するかのようにクラクションを鳴らしている。それは警告音というより、呼吸に近い。そして大声で誰かを呼ぶ。

きっと、これがカイロの街の音だ。