#07 ダハシュールの宇宙

19世紀に撮影されたダハシュールの黒のピラミッド。

今日はダハシュール、メンフィス、サッカラへ向かった。バスでおよそ1時間。ギザよりも前に建てられたピラミッドがあるという。車内でムスタファさんが説明してくれた。黒のピラミッド、赤のピラミッド、屈折ピラミッド。なぜかぼんやりとピラミッドというのはひとつだけだと思っていたから、そう何個もあると聞かされると不思議な気持ちになる。

流れていく外の風景を青味がかった窓ガラス越しに眺めながら聞いていた。どんなに説明を重ねても、それは砂の中にあり太陽が照り付けていて三角錐の建造物であることには変わりがなく、これ以上たくさん見てもどうしろというのだ。私はほとんど飽きていた。

砂の中の巨大建造物に飽きて、私の頭は別の場所でぐるぐるしていた。大学に入ると同時に、人間社会の中で人間らしく生きていくための訓練を始めた。会社に入って、誰かと飲みに行って、カラオケで歌って……そんな「普通の人間」になるために、集団に溶け込もうと思ったのだ。その結果は散々で、他人とうまく付き合えない自分にただただ意気消沈した。溶け込める場所と、拒まれる場所。そのたびに怯えて、ひとりでいるくせに誰かにすがりたくなって、裏切られるのが怖くて、頭の中だけがずっとうるさかった。

そんなことを考えているうちに、バスはダハシュールに着いた。ドアが開いた瞬間、息をのんだ。降ってくる日差しはいつも通りに暑い。でも、身体の芯をなにか冷たいものが通り抜けた。一面の砂。目の前には何もない風景が広がっていた。人も建物も植物すらなく、ただ地平線まで続いている。

清々しかった。それまで頭の中でこんがらがっていた人間関係とかそういうことはまったく些末なことで、切って捨てればいいのだ、宇宙空間ってこんなところだろうかと思った。自由だ。縛り付けるものはなく解放されている。哀しくて嬉しくて涙が出そうだった。冷たくて残酷で喜びにあふれている。頭の中で鳴っていた雑音が、すっと消えていった。近くにツアー参加者がいるはずなのに、たった1人で立っているような感覚だった。

私はここで写真を撮らなかった。ファインダーを覗いても、焦点が合う対象がなかった。だから、全身で記憶しようという思いに駆られた。記録する術がそれしかなかった。そしてまたいつか帰って来ればいいと思った。苦しくなってもここに来たら絶対に大丈夫だと思った。

足元の砂は靴底をやわらかく包むように地面に少し沈みこむ。足元から視線を上げると薄い茶色の地表が水平線まで続いている。砂埃で青空の半分は白く霞み、太陽が真上から照りつける。遮る雲はない。周囲に建物や木々は見当たらない。音がどこにも反響することなく消え去っていく。風が吹くと砂粒がさらさらと風下に流れ、足跡をすぐに消し去っていく。

道らしい道はない。かつてこの地を旅した商人たちは一体どうやって目的地へたどり着いたのだろうか。この向こう側にある場所を目指すなんて勇気は一体どこから出てくるのだろう。私はただ、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。それくらい異世界で、衝撃的な空間だった。