#05 ナイル川の船上ディナーとベリーダンスの夜

ナイル川に浮かぶヨットの写真。逆光の夕日で輪郭だけが見える。

私たちはホテルに戻った。表のキング・ファイサル通りは、相変わらず車の流れが絶えない。エントランスには背の高い観葉植物がずらりと並んでいて、ガラス張りのロビーには赤い絨毯が敷いてある。ドアはたいてい開けっぱなしで、室内はガンガンに冷房を効かせている。

壁と床はクリーム色の大理石で、右手にレセプションがあって、その上の壁には4つの時計。TOKYO、LONDON、NEW YORK、CAIRO。時計の下にはマス目状の棚があって、部屋の鍵がきれいに並んでいた。レセプションの奥には小さなスーベニアショップがあって、民族衣装やキーホルダーが所狭しと並んでいる。時間潰しに眺めていると、店主のアフマドさんが声をかけてきた。人懐っこいくりくりとした眼をして、グレーまじりの口髭をはやし、オーバルのメガネをかけている。彼はいつも笑顔で、絵に描いたように白い歯が三日月の形に微笑んでいる。私は通りかかるたびに挨拶するようになった。

陽が落ちるころ、私たちはムスタファさんとイスラムさんに見送られて、タクシーでナイル川の船上ディナーへ向かった。エジプトでタクシーに乗るのはこれが初めてだ。黄色いボロボロの中古のトヨタ車に、私はアラエさんとふたりで乗り込む。この国のタクシーにはメーターが付いているが、ほとんど壊れているらしい。だから乗る前に目的地に応じて値段交渉をする必要がある。ムスタファさんは、相場の値段をあらかじめ教えてくれた。

タクシーの運転手はクラクションを常に鳴らしている。開け放たれた窓からは風が吹き込んでくる。陽気な運転手はどこから来たのかと、私たちに話しかけてきた。信号待ちで隣のタクシーから窓越しに話しかけられると、大きな声で返事を返し、またアクセルを踏む。信号に従っているようには見えず、どうしてこれでぶつからないのか、私たちは命がけでタクシーに身を任せた。目的地まで20分くらいだっただろうか。ただ乗っているだけなのに、アラエさんも私もとてつもなく必死だった。

ナイル川のほとりに着くと、白い鉄製の柵の向こうにMIS AQUARIUSというクルーズ船が停泊していた。どこかのホテルグループが所有しているらしく、2階まで客室があり、その上がデッキ、全長50メートルほどありそうだ。船に入ると、薄暗い照明の中に料理がずらりと並んでいるのが見えた。けれど暗すぎて、何が何だかわからない。そもそもエジプト料理は初めてだし、どんな食材が入っているのか判別することはできないのだけれど。私は相変わらず用心深く、加熱された料理だけをそっと選んだ。観客は100人ほど。中央には小さなステージがあり、食事中に次々と音楽や踊りが披露されていく。

初めてベリーダンスを見たのは、西日暮里のザクロだった。絨毯の上にめいいっぱい料理を並べ、みんな床に座って料理を囲む。週に数回ベリーダンスのショーがあり、中央のスペースでダンサーが踊り、店主のアリさんの流暢でアグレッシブな日本語に押し出されて客も強制的に一緒に踊らされる。隣に座る初対面の人たちとベリーダンスを踊ることができる陽気な店である。

日本でベリーダンスというと、お腹を引き締めるダンスの印象が強い。腹部を揺らす動作が中心なので、ウエストが引き締まるという理屈である。ザクロで見たダンサーもすらりとした体つきだった。ダイエットという言葉が至上命題として降り注いでいる日本において目指すべき理想体型である。

でも、先月パレスチナ出身の友人が踊ってみせてくれたとき、少し考えが変わった。ベリーダンスというのは、「揺れる」お腹こそが美しいのだと。豊かな人ほどセクシーであるという。細いほうをよしとする基準しか知らなかったが、全然違うのだ。ここでは細いウエストではただただ貧相にしか見えないのだ。なんて言ったらいいんだろうか。表現する日本語すら見つけられない。本当にお腹の肉が揺れることが美しく見えてくるのだ。この船のダンサーもまた優美に妖艶にお腹の肉を揺らしている。

続いて、黄緑とピンクのネオンカラーの衣装をまとった男性が、舞台の上で回り始めた。スーフィーダンスだ。教科書でスーフィズムのページを開くと、もれなく写真が載っているあれである。本当にコマのようにくるくる廻っている。知識として、回る踊りだと知っていたのに、この目で見るまでこんなに廻るなんて想像していなかった。知っていると思ってもわかっていないことがある。「百聞は一見にしかず」と古くから言うけれど、それは真実を確かめたいということではなくて、私たちは本当は何を共有しようとしているのだろう。