陽が落ちた頃、ムスタファさんやイスラムさんに見送られて、私たちはタクシーでナイル川の船上ディナーに向かった。全員、エジプトのタクシーに乗るのは初めてだ。ホテルの部屋のルームメイトと一緒にタクシーに乗りこんだ。タクシーは黄色い車体でボロボロの中古トヨタ車だ。私はアラエさんと一緒だ。エジプトのタクシーはメーターが付いていて、距離に応じて値段が変わる。しかしこのメーターはたいてい壊れている。だから必ず、目的地に応じて値段交渉をする必要がある。ムスタファさんは、私たちにあらかじめ相場の値段を教えてくれた。タクシーの運転手はクラクションを常に鳴らしている。開け放った窓から風が吹いてくる。陽気な運転手はどこから来たのかと、私たちに話しかけてきた。隣のタクシーから窓越しに話しかけられると、大きな声で返事をする。信号に従っているようには見えず、どうしてこれでぶつからないのか、私たちは命がけでタクシーに身を任せた。目的地まで20分くらいだっただろうか。ただ乗っているだけなのに、アラエさんも私もとてつもなく必死だった。

私たちはナイル川のほとりに到着した。タクシーを降りてから運転席の窓越しに代金を手渡した。なんとか無事に命がけタクシーの冒険が終わった。他の参加者も無事に到着した。桟橋には曲線を描いた白い金属製の柵があり、その向こうにクルーズ船MIS AQUARIUSが停泊していた。船の大きさは50mあるいはもう少し大きく、客室が2階までありその上はデッキになっている。どこかのホテルグループが所有しているようだ。観光客向けにエジプト料理、ベリーダンス、スーフィーダンスを用意したディナークルーズはナイル川のそこかしこにある。船内に入ると、テーブルの上にずらりと料理が並んでいるのが見えた。けれど薄暗くてどんな料理なのかよく見えない。そもそもエジプト料理だから何が入っているのか判別することができない。私はとにかく警戒していて、加熱したものだけを選んだ。客は100人ほどいるだろうか。その中央に小さなステージがある。私たちが食べているときに、様々な音楽やダンスが繰り広げられていた。

初めてベリーダンスを見たのは、西日暮里のザクロ、アリさんのお店だ。東洋史専攻の新入生歓迎のお食事会が、伝統に従ってザクロで開催されたのだ。ザクロでは床に絨毯を敷き、その上に様々な料理を並べ、客は靴を脱いであぐらをかいて輪になって料理を楽しむ。店主のアリさんはトルコの出身で、流暢な日本語でアグレッシブな営業トークを繰り広げる。週に何回かベリーダンスのショーがあり、客席の中央のスペースでダンサーが踊り、そしてアリさんの掛け声のもと客は強制的にダンスに参加することになる。隣の席の初対面の人たちとベリーダンスを踊ることができる陽気な店である。日本ではエクササイズ感覚でベリーダンスを習っている人が多い。腹部を揺らす動作が中心なので、ウエストが引き締まるという理屈である。ザクロで見たダンサーもすらりとした体つきだった。ダイエットという言葉が至上命題として降り注いでいる日本において目指すべき理想体型である。

そうではないのかもしれない、と小さな予感が降ってきたのは、先月パレスチナ出身の友人が踊ってみせてくれたベリーダンスだった。ベリーダンスというのは、腹部を揺らすのではなく、いかに腹部の肉を揺らすかなのだ。豊かな人ほどセクシーであるという。ウエストが細いほうがよしとされている基準しか知らなかったが、全然違うのだ。ここでは細いウエストではただただ貧相にしか見えないのだ。なんて言ったらいいんだろうか。表現する日本語すら見つけられない。本当にお腹に肉が揺れることが美しく見えてくるのだ。この船のダンサーもまた優美に妖艶にお腹の肉を揺らしている。

ステージでは、黄緑とピンクのネオンカラーの衣装の男性がその場でくるくると廻り始めた。スーフィーダンスである。世界史の教科書でスーフィズムの説明のページを開くと併せて写真が載っているあれである。本当にくるくる廻っていてまるでコマを回しているようだ。回る踊りだと知っていたのに、この目で見るまであんなに廻るなんて想像していなかった。知っていると思ってもわかっていないことがある。百聞は一見にしかずと古くから言うけれど、そういうことではなくて、知っているとか見たことがあるとかそれで私たちは何を共有しようとしているのだろう。