そのまま少し歩いて、海岸沿いの堤防に座ってしばらく休むことにした。5分もすると次第に元どおりに見えるようになってきた。心配そうに眉を下げたムスタファさんの顔が目に入った。目の前には深い蒼色をした地中海が広がっていた。風が強く白い波が荒れている。カップルがピクニックをしている。女性のヒジャブが風になびいている。白い服を着た少女が防波堤の上を歩いている。カイロとは全く異なる風景だ。

昼食休憩のときにトイレに立ち寄った。観光地のトイレにはトイレおばさんがいる。指を擦り合わせる仕草でチップが必要だと言っている。私はあわてて小銭を探す。ただでさえトイレのスタイルが日本と違い、幾分緊張しながら向かうのに、さらに門番がいるのでとても怖い。チップと交換にトイレットペーパーを渡してくれ、随時床掃除をして清潔にしてくれる。彼女たちはなぜかみんな怒った顔をしている。

私たちはホテルに戻った。交通量の多いキング・ファイサル通りに面したエントランスは赤い絨毯が敷いてあり、エントランスポーチには背の高い鉢植えの観葉植物が並び、ガラス張りの壁とガラスのドアがある。たいていいつもドアは開け放たれいて、中に入るとガンガンに冷房が効いている。ロビーの壁と床はクリーム色の大理石で、少し歩くと右手にレセプションがある。レセプションの右側の壁には4つの時計が掛けられ、それぞれ下に金色のプレートがついている。左からTOKYO, LONDON, NEW YORK, CAIROと並んでいる。その下には、横14マス縦10マスの棚があり、部屋の鍵が置いてある。レセプションの奥には、エジプトの民族衣装やポストカード、キーホールダーを並べたスーベニアショップがあった。時間潰しに眺めていると、店主が声をかけてきた。アフマドさんというそうだ。人懐っこいくりくりとした眼をして、グレーまじりの口髭をはやし、オーバル形のメガネをかけた男性である。いつも笑顔で絵に描いたように白い歯が三日月の形に微笑んでいる。私は通りかかるたびに挨拶するようになった。